東京地方裁判所 昭和52年(ワ)166号 判決 1978年9月15日
原告
株式会社ハスミ商店
右代表者
原賀雄三
右訴訟代理人
鈴木國昭
被告
株式会社グループタツク
右代表者
田代敦巳
右訴訟代理人
関口保太郎
外一名
主文
一 被告は、原告に対し、金五二万八、〇〇〇円とこれに対する昭和五二年二月五日から完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一原告はハンカチ、フキン等の製造販売を業とする株式会社であり、被告は動画フイルムの製作、コマーシヤルの企画及び製作等を業とする株式会社であることは当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば原告はその製造販売に係るハンカチに、フジテレビで放映していた「ハツクルベリイの冒険」を題材としたデザインをプリント加工すべく企画したことが認められ、<証拠>によれば、原告は、昭和五一年一月一六日、既に昭和五〇年一二月下旬頃口頭でフジテレビとの間に右契約の合意が成立していたものを正式な書面にするべく、後記当事者間に争いがないとおり「ハツクルベリイの冒険」に関する著作権管理者であるフジテレビと商品化権許諾契約をなしたこと及び昭和五〇年一二月下旬頃、原告は後記当事者間に争いがないとおり被告との間で原告を注文主、被告を請負人とし、ハンカチ用の原画製作請負契約をしたことが認められ、原告が「ハツクルベリイの冒険」に関する著作権管理者であるフジテレビと商品化許諾権契約をなしたうえ、原告を注文主、被告を請負人とし、原告が被告との間で、ハンカチ用の本件請負契約をしたこと及び請求原因2(二)、(三)の事実は当事者間に争いがない。
右事実によれば、原告が被告から交付された右原画六点の内一点に文字の欠落(前記当事者間に争いがないとおりアメリカ・ミズリー州のスペリングはMISSOURIであるべきところMISOURIとなつており、Sが一字欠落している。)があつたことになるところ、前同証言によれば「ハツクルベリイの冒険」の舞台はアメリカ・ミズリー州であることが認められるので、被告において舞台である固有名詞の地名の文字の欠落のある原画を製作し原告に交付したことは債務の本旨に従つた履行とはいえず、被告には本件請負契約に関し不完全履行があつたといわざるをえないので、被告は本件ミスにより原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
三そこで、本件ミスにより原告が被つた損害について検討する。
1 残存商品処分による損害
金五七万二、〇〇〇円
<証拠>によれば原告は本件ミスのある残存商品であるハンカチを当初予定した卸価格で他に売却することができず、キズ物として製造費用を割る値段で処分をせざるをえなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はないから、右残存商品をキズ物として処分したことにより原告の被つた損害は本件ミスとの間に相当因果関係がある。
<証拠>によれば右ハンカチ一枚の製造費用は、製造原価金四一円、包装紙代金一円、シール代金一円、著作権使用料金三円以上合計金四六円であることが認められ、右認定に反する証拠はなく、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、本件ミスのあるハンカチの残存量は少なくとも二万二、〇〇〇枚であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないので、本件ミスのあるハンカチ二万二、〇〇〇枚の製造に原告が出費した費用は合計金一〇一万二、〇〇〇円(金46円×22,000枚)となり、<証拠>によると原告は右二万二、〇〇〇枚のハンカチをキズ物として一枚二〇円合計金四四万円(金20円×22,000枚)で訴外清和実業株式会社に売却していることが認められ、右認定に反する証拠はないから、右金一〇一万二、〇〇〇円から右金四四万円を控除した金五七万二、〇〇〇円が本件ミスに起因する残存商品処分により原告の被つた損害といえる。
2 支払済著作権使用料
金七八万円
<証拠>によれば原告は「ハツクルベリイの冒険」のハンカチを当初五〇万枚製造販売する予定で一枚当り金三円の割合で五〇万枚分の最低保証使用料(著作権使用料)として金一五〇万円を支払つたこと及び原告は右五〇万枚の内第一回分として被告から交付された原画六枚につき原画一枚当り各四万枚合計二四万枚のハンカチを製造したが、本件ミスが発見されたことを機に残存の二六万枚のハンカチの製造を中止したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、原告は右二六万枚の製造中止は本件ミスによるものであるから、当該分相当の著作権使用料金七八万円(金3円×26万枚)が無駄となり、右同額の損害を被つたと主張するので判断するに、<証拠>によれば前記当事者間に争いのない原告とフジテレビ間の商品化権許諾契約はその契約期間は昭和五一年一月一六日から同五二年一月一六日迄であることが認められ、<証拠>によれば本件ミスは昭和五一年四月に発見されたことが認められるのであるから、右契約の残存期間は充分存在したことになるので、原告は本件ミスのある原画の製作のやり直しを被告に依頼し、それを利用してハンカチを更に販売することができたとも考えられ、とすれば、右二六万枚の製造販売中止をもつて直ちに本件ミスの発見に起因するものではないとはいえなくもないが、他方、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば「ハツクルベリイの冒険」のフジテレビの放映期間は昭和五一年六月を予定していたこと及びそれ故、原告としては放映期間後になるとハンカチの売れ行きが鈍り激減する虞れがあることから、放映期間中に予定製造販売数量五〇万枚のハンカチを売却する計画を立てていたところ、前記認定のとおり本件ミスは放映期間満了の六月迄に残余期間の短かい昭和五一年四月に発見され、しかも、本件ミスの発見により「ハツクルベリイの冒険」のハンカチに関しての得意先の心証を害したことから、右放映期間の残余期間はあるもののそれ以上「ハツクルベリイの冒険」のハンカチを製造販売することはかえつて無駄金を注ぎ込むことになるので右残余二六万枚のハンカチを製造販売しない方が原告としては得策であると状勢分析をなし、当初計画していた五〇万枚の製造販売をやむなく中止したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないので、右認定事実に照らし考えると、原告が残余の右二六万枚の製造販売を中止したことは商人として相当な行為であるといえ、右中止は本件ミスの発見に起因するものといいうるから、原告が五〇万枚分の著作権使用料としてフジテレビに支払つた金一五〇万円の内二六万枚分に相当する支払済著作権使用料右金七八万円は本件ミスにより原告の被つた損害といえる。
3 逸失販売利益
金三〇万八、〇〇〇円
前記認定の如く、原告は本件ミスのある残存商品であるハンカチ二万二、〇〇〇枚をキズ物として処分しているところ、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば本件ミスが存在しなかつたら当然販売利益をえて右ハンカチを売却処分することができたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないので、右販売利益の喪失は本件ミスにより原告が被つた損害といいうるから、その逸失販売利益を算定するに、<証拠>によると本件ミスに係るハンカチの当初の一枚当りの卸売価格は金六〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はなく、右金六〇円から前記認定のハンカチ一枚当りの製造費用金四六円を控除した金一四円が一枚当りの販売利益といえるので、原告は本件ミスにより金三〇万八、〇〇〇円(金14円×22,000枚)の販売利益の喪失を受け、右同額の損害を被つたことになる。
4 慰藉料 金一〇万円
<証拠>によれば本件ミスのあるハンカチを販売することにより当初の予定販売数量達成に不能を来たし、又、得意先の原告への信用を毀損したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、右事実によれば原告は本件ミスにより精神的苦痛を受けたというべきであり、右苦痛を慰藉するには金一〇万円をもつて相当とする。
四被告は、原告の被つた損害はもつぱら原告の過失に起因すると主張するので検討する。
1 原告が昭和五一年一月下旬頃被告から右原画六点の交付を受けたことは前記のとおり当事者間に争いがないところ、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、原告は被告の下請として現実に右原画を作成した訴外土田プロダクシヨンから本件ミスのある原画を含めた原画六点を交付されたのであるが、その際原告はデザイン中の文字には注意を払わず、色数、サイズ、柄についてのみ点検をなしたうえ大体まとまつていると判断し、異議なく右原画六点を受領し、その後右ハンカチの販売開始時期である昭和五一年三月中旬頃迄の間に当該各原画が原告が注文したとおり完成されているかどうかにつき何等注意を払わず調査をしなかつたことが認められるが、右認定事実により原告の過失の有無を考えると、信義則によつて支配される本件請負契約関係に立つ原告としては信義則上注文主として自己の注文した原画が自己の注文のとおり完成しているかどうかにつき注意を払うべきであつたといわざるをえず、更に、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば原告は「ハツクルベリイの冒険」はアメリカ・ミズリー州あるいはイリノイ州を舞台としたものであることを認識していたものであり、その「ハツクルベリイの冒険」を題材としたデザインをハンカチにプリント加工し前記認定のフジテレビの放映にのつて右ハンカチを販売しようとしたことが認められるので、原告としては原画が果して「ハツクルベリイの冒険」のイメージに合致しているかどうか、地名がデザインされておればその地名のスペリングが果して正しいかどうか等について原画を調査すべきものであり、又、右注意は容易に可能であり右注意をなせば本件ミスは簡単に発見しえたといえるので、原告には原画につき何等格段の調査をなさなかつたとの信義則に違反する不注意(過失)が存在するといわざるをえない。
加えて、<証拠>によれば原告とフジテレビ間の商品化権許諾契約書第八条(商品見本の提出)には「乙(原告のこと)は「許諾商品」の発売頒布に先立ち、完成品各六個を無償にて甲(フジテレビのこと)に提供し甲の承諾を得なければならない。……」との記載があることが認められ、右認定事実によれば原告はその許諾商品である「ハツクルベリイの冒険」を題材としたデザインをプリント加工した見本のハンカチ六枚をフジテレビに提供しなくてはならなかつたことになるところ、<証拠>によれば原告はフジテレビに右提出を行つていないことが認められ、原告が右提出義務を履行していれば本件ミスも容易に発見しえたことは<証拠>から明らかであるから、原告の右提出義務違反も又本件請負契約上の原告の過失に斟酌してしかるべきである。なお、右提出義務違反は直接には被告との間の契約違反ではなくフジテレビとの間の契約違反であるが、右ハンカチは前記認定のとおりフジテレビ放映の「ハツクルベリイの冒険」を題材としたデザインをプリント加工して製造するものであり、<証拠>によればフジテレビは被告から「ハツクルベリイの冒険」の商品化権に関する一切の著作権事務の代行を委託されていることが認められるから、原告のフジテレビとの間の右契約義務違反は本件請負契約においては当然斟酌してしかるべき不注意(過失)であるというべきである。
2 右の如く、本件ミスによる損害は原告の叙上過失も加わつて発生したというべきであり、右事情を総合して勘案すると、原告と被告の過失の割合は七対三とするのが相当である。
3 原告の被つた前三項記載の損害額の合計は金一七六万円であるが、原告は本件において一部請求しているところ、この場合の過失相殺としては右金一七六万円を基礎として過失相殺をするのが相当であるので、右2項記載の割合で計算すると、被告が原告に支払うべき損害賠償金額は金五二万八、〇〇〇円となる。
4 本件訴状に代る準備書面が被告に送達された日の翌日が昭和五二年二月五日であることは記録上明らかである。
五以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し金五二万八、〇〇〇円とこれに対する本件訴状に代る準備書面が被告に送達された日の翌日である昭和五二年二月五日から完済に至る迄商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九号、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。
(古屋紘昭)